フォン・ヒッペル・リンドウ病(VHL病)

フォン・ヒッペル・リンドウ病(VHL病)とは

フォン・ヒッペル・リンドウ(von Hippel-Lindau:VHL)病は、生殖細胞系列におけるVHL遺伝子の病的バリアントを原因とする遺伝性疾患です。複数の臓器に腫瘍性病変を多発します1)。VHL病は発症している病変の種類により、4つの表現型(1型、2型A、2型B、2型C)に分類されています2)(表1)。全体の中で1型が占める割合は約80%といわれています3)

表1 VHL病の分類2)

分類 腎腫瘍 褐色細胞腫 網膜血管腫 中枢神経系
血管芽腫
VHL病1型
VHL病2型A
VHL病2型B
VHL病2型C

VHL病で発症する病変を表2に示します2)3)4)

表2 VHL病で発症する病変2)3)4)

臓器 病変 Lonserらの総説2) 執印班集計データ4)
発症年齢
(歳)
頻度
(%)
発症年齢
(歳)
頻度
(%)
網膜 血管腫 1~67 40~70 5~68 34
中枢神経系 血管芽腫 9~78 60~80 7~75 72
小脳 44~72
脳幹 10~25
脊髄 13~50
内耳 内耳リンパ嚢腫 12~50 11~16
嚢胞 13~80 17~61 15~68 37
神経内分泌腫瘍 16~68 8~17 14~65 13
嚢胞 15~ 60~80
淡明細胞腎癌 20~60 25~50 15~75 50
副腎、
パラガングリオン
褐色細胞腫
パラガングリオーマ
3~60 10~20 10~75 15
精巣上体(男性) 嚢腫腺腫 思春期以降 25~60
子宮広間膜(女性) 嚢腫腺腫 16~46 ~10

Lonserらの報告は欧米人のデータですが、執印班のデータは2009〜2011 年にかけて本邦で初めて実施された横断的全国疫学調査により得られた日本国内の276家系、患者409名のデータです。執印班のデータは欧米での報告と概ね同様な傾向がありますが、網膜血管腫の合併頻度は34%と、欧米の従来報告よりも低い値となっています5)

VHL病には、以下のような診断基準がありますが、家族歴がある場合とない場合で内容は異なります1)(表3)。

表3 VHL病の診断基準1)

①VHL病の家族歴が明らかな場合

以下の(a)~(g)のうち、1病変以上を発症している。

  • a.中枢神経系血管芽腫
  • b.網膜血管腫
  • c.腎細胞癌
  • d.褐色細胞腫 / パラガングリオーマ
  • e.膵腫瘍(膵神経内分泌腫瘍または多発膵嚢胞)
  • f.精巣上体嚢胞腺腫
  • g.内リンパ嚢腫瘍(内耳)

②VHL病の家族歴がはっきりしない場合

以下の1~2のうち、いずれかに該当する。

  • 1.(a)~(g)のうち、2病変以上を発症
    ※ただし(a)中枢神経系血管芽腫あるいは(b)網膜血管腫のいずれかを必ず含む
  • 2.(a)~(g)のうち1病変以上を発症しており、VHL遺伝子に生殖細胞系列のヘテロ接合性病的バリアントを認める

フォン・ヒッペル・リンドウ病診療の手引き 2024年版1)を参考に作成。

遺伝形式と浸透率

VHL病は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式をとります。VHL遺伝子に病的バリアントが検出された場合、その方の子どもには性別にかかわらずそれぞれ1/2(50%)の確率で同じ病的バリアントが受け継がれます。浸透率は100%で、病的バリアントの保持者のほぼ全員が65歳までに症状を呈します6)
疾患頻度は、欧米では36,000人に1人の発生とされており、日本には200家系、患者数600~1,000人が存在すると推定されます7)
VHL病患者のおよそ80%は罹患した親からの遺伝で、約20%は新規(de novo)に生じた病的バリアントによると考えられています6)

遺伝学的検査

VHL遺伝子の病的バリアントが検出された場合、VHL病と確定診断されます。

遺伝学的検査によるVHL病の診断率は、本邦例では約85%です1)8)。内訳として、塩基配列解析(DNAシークエンシング)により65%、重複/欠失解析(MLPA法)により20%が診断されています1)8)。そのため、VHL遺伝子の解析にはDNAシークエンシングだけでなくMLPA法も合わせて行う必要があります8)9)10)

遺伝学的検査を行う意義

VHL病は遺伝学的検査により診断がつくことで、適切な医療介入につながり予後を改善できる疾患であると考えられています。したがって、小児を含めて未発症者の可能性がある場合、臨床的な経過観察を始めることは重要です6)

一部のVHL患者は小児期のうちには診断基準を満たす徴候が必ずしも揃いませんが、そういった場合でも遺伝学的検査は分子遺伝学的な診断が可能なことから有用です1)。小児VHL病において、病的バリアントを同定した際のメリットは、発端者のサーベイランスの立案、VHL関連腫瘍の良悪性を含めた生物学的特性・予後の推測と言われています1)

定期検査による病変の早期発見と腫瘍の切除により、聴力・視力の喪失や神経症状を予防し、あるいは最小限に抑えることができるとされています6)。経過観察の開始時期と方法を表4に示します1)

表4 VHL病患者に対する経過観察の開始時期および方法(一部抜粋)1)

病変 経過観察の開始時期および方法
網膜血管腫 0歳~ 眼底検査(VHL病と診断された親がいる場合)
〈病変なし〉少なくとも1年毎に経過観察を継続
〈病変あり〉血管腫の位置・大きさ・滲出性変化の合併に応じて治療法を検討
中枢神経系血管芽腫 11歳~ 脳脊髄MRI検査
〈病変なし〉1~2年に1回
〈手術適応のない病変あり〉半年~1年に1回
褐色細胞腫 2歳~
1年に1回、問診と血圧・心拍測定
5歳~
1年に1回、生化学検査(血中遊離メタネフリン分画等)
15歳~
2年に1回、画像検査(腹部MRI等)
腎細胞がん 15歳~
〈病変なし〉1年に1回、腹部超音波検査とMRI検査を交互に施行
〈腎腫瘍/嚢胞性腎腫瘍あり〉1年に1~2回CT/MRI
〈腎嚢胞あり〉1年に1回、超音波/MRI
膵神経内分泌腫瘍 15歳~ サーベイランス画像検査(CT、MRI、超音波、超音波内視鏡)※1
〈病変なし〉2~3年に1回
〈病変あり〉転移の有無で異なる
  • 転移なし:半年~1年後に診察・CTで予後因子※2を確認
    [予後因子なし] 2〜3年に1回、診察とCT
    [予後因子1個] 半年〜1年に1回、診察とCT/MRI
    [予後因子2個] 治療内容を検討
  • 転移あり:治療内容を検討
内リンパ嚢腫瘍 10歳~
1年に1回、難聴やめまいに関する問診
2年に1回、聴力検査
15歳~20歳、あるいは難聴・めまいがある場合
スライスの薄いMRIによるスクリーニング
  • ※1 若年者に対する放射線被曝や造影剤による腎障害などを回避する場合は、超音波や単純MRIを考慮する
  • ※2 予後因子:①腫瘍サイズ ②腫瘍倍増速度

また、VHL病と診断された方(発端者)の血縁者に対して発端者で見つかった病的バリアントの有無のみを確認するシングルサイト検査を行うことができます。発端者と同じ病的バリアントが検出された場合、未発症の血縁者に対しても効果的なサーベイランスを実施することで疾患の早期発見・早期治療に結びつけることができます。

受託要件

当社にて遺伝学的検査を受託するにあたっては、【受託実施指針】に伴い、「体制確認書」の提出をお願いしています。
ご依頼いただく際は、お問い合わせください。

検査項目

検査項目 検体量
(末梢血)
保存条件 検査日数 検査方法
全血2ml 冷蔵 21~22日 NGS法およびMLPA法
VHLスクリーニング VHL遺伝子の全翻訳領域の3個のエクソン(エクソン1~3)と隣接するイントロン領域について塩基配列を解析します。あわせてエクソンレベルの比較的大きな欠失や重複(MLPA法)も同時に解析します。 全血2ml 冷蔵 21~22日 NGS法およびMLPA法
シングルサイト シングルサイトにつきましては、こちらをご確認ください
【ご注意ください】
  1. 1)造血器腫瘍を発症したことのある被検者は、検査が出来ない場合があります。別途ご相談下さい。
  2. 2)遺伝子の5’UTRや3’UTRおよびイントロンの深部(エクソンとの境界部から離れた領域)は解析の対象外です。
  3. 3)EDTA 2NaまたはEDTA 2Kによる採血をお願いします。
  4. 4)所要日数は、検体を受領した翌日を起算日として、祝日を除いた日数です。

参考文献

  1. 1)フォン・ヒッペル・リンドウ病診療の手引き 2024年版
  2. 2)Lonser R, Glenn GM, Walther M, et al. Lancet. 2003;361:2059-67.
  3. 3)「遺伝性腫瘍ケーススタディー100」へるす出版, 2022
  4. 4)執印太郎,他:フォン・ヒッペル・リンドウ病の診療指針に基づく診断治療体制確立の研究. 厚生労働省研究費補助金難治性疾患克服研究事業報告書, 2011.
  5. 5)家族性腫瘍, 第19巻, 第1号, 2019, 36-39
  6. 6)GeneReviews Japan フォンヒッペル・リンドウ病(Von Hippel-Lindau Syndrome)
    http://grj.umin.jp/grj/vhl.htm
  7. 7)小児慢性特定疾病情報センター フォンヒッペル・リンドウ(von Hippel-Lindau)病
    https://www.shouman.jp/disease/details/11_06_019/
  8. 8)Tamura K, Kanazashi Y, Kawada C, et al. Hum Mol Genet. 2023 Jun 5;32(12):2046-2054.
  9. 9)Schouten JP, McElgunn CJ, Waaijer R, et al. Nucleic Acids Res. 2002;30(12):e57.
  10. 10)Huang JS, Huang CJ, Chen SK, et al. Euro J Clin Invest. 2007;37:492-500.